Lights:9
「もう少し、可愛いフレームがいいんじゃないですか?」
「いりません、必要ないです。……ありがとうございました。」
私は彼の言葉を遮るように、逃げ出すように、帰ろうとして、足を止めた。
メガネ代。
仮を作るようで嫌だった。
だから、振り返ってまた彼の元へ行き、1枚の名刺を突きつけた。問題ない客に渡していた名刺。これなら、素性はバレない。
「メガネ代、払うのでここに連絡ください」
メガネ代を払えば、それで終わり。
終わりに出来る。
数日間、彼からの連絡も何もなかった。
ヨナはあの日、帰宅した私の格好を見て激怒した。
自分を大切にして
心配させないで
もう、客を取らないで。と。
それから、しばらく口を聞いてくれない。
伯母は毎日のように来てくれたヨナが来なくなったことで、何かあったのか?と、心配してくれた。
「大喧嘩しただけだよ」
違う。
私がヨナを悲しませて、心配掛けて、怒らせてしまった。
客をとっても埋まらない大きな穴。
どんなに話を聞いても、デートしても、同じベッドに寝ていても、体温を感じても、最後に残るのは寂しさ、虚空だけだった。
こうなることはわかっていたのに、ヨナを怒らせるまで、私は辞めることが出来なかった。
ポケットにしまっていた携帯が震えている。
あの人かな?と思って手に取ると、そこには意外な名前が表示されていた。
「オッパ!」
『おう。元気か?』
「……うん、多分」
オッパにはだいたいなんでも話せた。夜の仕事以外は。
ヨナが口を聞いてくれないこと、最近のこと、取った客をまるで友達かなにかのように話したりした。
『ヨナにはちゃんと謝れ。友達は大事にしないと……それと、いい加減何かこう……浮ついた話でもないのか!……オッパは心配だゾ』
「……ない、微塵もない……ねえ?オッパ?」
『んー?』
「奥さんどうやって見つけたの?……」
『あっ!?』
何かを落とした音がする、その向こうで義姉と思われる声が微かに聞こえる。
「……ごめん、オンニ大丈夫?」
『変なこと聞くから、持ってたコップ落とした……ものすごい怒ってる』
「はははははっ!……オンニごめん、私が悪いの。オッパは悪くないから」
きっと携帯をオンニの方に向けたのだろう、遠くで何か言っている声が聞こえる。
『……これで何個目!?……』
そんなに割ってるのオッパ?
『まあ、とにかくヨナとは仲直りすることっ!……後、近いうちにそっちに行くよ。父さんも連れて、なんなら、従業員連れて行くからなー』
会社の社員旅行で日本から従業員を連れ立ってソウルに来るらしい。
久しぶりに会える。
私の穴が少し塞がっていった。